ビクンッてよりも、やっぱりジワ〜。そして「カリカリッ。」

http://d.hatena.ne.jp/eborat/20050801 に書いて終わりにしようと思っていた、

ア ヤ   ズ エキシビション
「バ  ング  ント展」
http://www.phouse-web.com/main/

…が、何か書かずにはいられない。8/1時点でのあの僕のテキストは、展示に行く前のもので、実際に行ったのは8/18だった。展示に行く前からミクシイや先見日記などですごい人たちが(というか主に伊藤ガビンさんが)ものすごいレコメンドをしてて、そのネタバレ部分は読まずにとにかく早く展示に行った方がいいという忠告を無視してネタバレを読みまくってたものだから、8/1のテキストはとにかく頭でっかちの、興味本位の虫食い文にすぎない。
だが、すでに8/1の時点でも僕はやられていたのも確かだ。あの時点で完っ全に飴屋氏のことが頭に張り付いていた。何度もHPや他の人の感想を読んだ。今の日常のスケジュールからして展示を見に行くのは厳しいだろうことはわかっていながら、何としても行かなければという考えが離れなかった。そしてついに18日。来月外国へ行くためパスポートを申請しに銀座までバイクを走らせていた僕は、その足で六本木に向かった。向かってしまった。場所は以前麻布十番に勤めていたので地理的に詳しいというのもあったが、それ以前に何度も地図を見て完全に場所を頭の中に焼き付けてあった。
その場所に着いた。歩道にバイクをとめる。なんだか約束の地に着いたみたいな神妙な気持ちだった。しかしなんだか工事中のような気配がする。現場の人足のおっさんたちが地べたに座っている?場所は間違いない。入り口の壁にもP-Houseって書いてある。なんとなく不安な気持ちで、エレベーターに乗った。乗って、B1を押す。着いた。でも、そこはただの工事中のフロア。違うじゃん!場所間違えてるじゃん!ひょっとしてB2?B2を押す。着いた。でも、またしてもただの工事中のフロア。ガガガガガガッというドリルの鈍い音が響く。違うじゃん!いくらなんでもここは違うじゃん!ひとり赤面しながら1Fに戻る。1Fに着きエレベーターのドアが開くと、開いたドアの向こうになんだがヒゲがはえた、メッセンジャーみたいな格好をしたおっさんが立っていた。「この人、飴屋氏の展示に来た人だ。」と僕の直感がささやく。そのおっさんは僕とすれちがいエレベーターに乗ると地下に下がって行く。ええ〜!まさかあの地下!?んなわけねーよいくらなんでもそれはねーよ!?だって工事中だよ?サワラギ氏の文章とか壁に書いてあるはずなんだよ?あれは違う。絶対違う。おっさんも間違えたんだなきっと。それかおっさんはほんまもんのメッセンジャーだったのかもしれん。工事現場に図面届けたりな。もうおっさんはほっといてもう一度周りを見てみよう。壁にはP-Houseの表示。うん。隣は寺。なんだか工事してる。奥は…レストラン…。無いじゃん。P-House無いじゃん!ええ〜〜〜〜〜………………せっかくここまで来たのに……無いじゃん…。と、あ、さっきのおっさんだ。ん?レストランの方に走って…なんだか工事現場の狭い隙間を…すり抜けた!?

ま だ 奥 が あ る の か

おっさんの後をつづく。すると下に下がる白い階段が…あった…。
受付に帽子をかぶった兄ちゃんが座っている。招待客かどうか聞かれるが、んなわきゃない。1200円払う。ワンドリンクチケットとパンフレットをもらう。住所と名前を書く。ついに来た。受付の兄ちゃんが無線で「お客様ハイラレマス」とつぶやく。神妙に足を進め、さらに階段を降りる…ドアを開ける…ついに…箱が。

箱が、あった。圧倒的な存在感を持って、あった。その存在感に、しばし立ち止まって箱を見入る。

先に入っていったおっさんと僕以外には、客はいなかった。先に入って行ったおっさんはどうやら関係者のようで、スタッフの人と何やらボソボソしゃべっている。「…あと何日だっけ。4日?…」おっさんの声を盗み聞きながらぐるりと箱を一周する。一周し壁に貼られた来場者の写真に目をやっていると、スタッフの男性が箱に近づいた。なにやらボソボソと、目立たない位置で中の人、飴屋氏に話しかけている。なんでか僕の緊張が高まり、逃げ出したいような気持ちになる。ノックは…まだできない。

奥の部屋は文章とさまざまなインスタレーション、音で構成されている。。。文章も音も展示も、大きな違和感が僕を襲う。。。ため息が出るが…息を吐ききれない。。。

他の客も入ってきたようだ。奥の部屋を一通り見た後、箱の前に戻る。また、しばし見入る。僕も会場に設置された機械で写真を撮って、他の来場者と同じように壁に貼ろう。写真を撮る。しかしこの写真を撮る機械の音声ガイダンスの音が、あまりに大きい。静かな会場に何度も、響きすぎる。当然この音は箱の中まで響く。どう思うんだろう。中の人はどう思うんだろう。何十回も聞いて嫌にならないか。僕の事が気になっているんじゃないか。僕の胃に緊張が走る。なんとか撮り終え、注意深く切り取り、壁に写真を貼った僕は、たまらず飲み物を頼む。辛いほどジンジャーが効いたジンジャーエールを飲みながら、また箱に見入る。気分をほぐすために、椅子に座る。立って、もう少し箱の近くに行き、写真を撮る機械の脇から箱に見入る。少しずつだがだんだん箱に慣れてきたかもしれない。それにしても天井が高いなあ。と、上を見上げると、もう一つの展示「  のない天気図」が、あった。これは…キた。とてつもない違和感。ジワ〜…と心に沁みたのがわかった。他の展示に関しては情報を得ていた…しかし、この情報は無かった…これは本当にキた。しばらく目が離せなかったし、離してもまた見てしまった。

再度座りながら箱を見る。僕のあとに来た来場者が、箱をノックしたり声をかけたりしている。いつのまにかあのメッセンジャーみたいなおっさんは帰ったみたいだ。会場に来ている他の客は、なぜか僕以外カップルで、しかもデートのノリ。どう考えてもカップルで見るもんじゃない。中から箱をノックする音に女の子が「キャッ」とか言って、男が箱に向かって「(何怖がってんだよ、しょうがねえなあ)頑張れよ〜」と呼びかける光景は、本人たちからしてみればデートなのかもしれんが、「この展示すげげげげげえ〜超すげえ〜」と心で叫んで無言で箱に見入っている自分としては、まあいいんだけれども腑に落ちない。そのカップルのうちの女子の一人が、持っていた日傘の柄で「コンッ」とノックして会場の人に注意されている。

せっかく来たんだ。…僕もノックを。
箱の前に立つ。そっと耳を当ててみる。何も聞こえない。…と、「カラッ」という音がする。ペットボトルだ。たぶんそうだ。きっと水を飲んでいるんじゃないか。ゆるく握ったこぶしから中指の第二間接を少し外へ出し、そっと3度ノックする。「コン、コン、コン。」するとしばらくして、「ドン、ドン。」返ってきた。今度は2度してみる。「コン、コン。」「ドン、ドン。」「コン、コン。」「ドン、ドン。」返ってくる。確かに返ってくる。この「ドン、ドン」は僕のノックへの返答だ。確かにそこにいる。見たこともあったことも無い人がいる。そして返答をしている。おそらく僕はこの展示に来なければこの関係を持つことはできなかっただろうし、この先もこの関係は持てないだろう。来た甲斐があった。そんなことを一瞬で思いながら、なぜ「コン、」という僕の高い音に対して返答が「ドン、」という低い音なのかについても、数秒考える。おそらく、「コン、」は中で響きすぎる。耳に障りすぎる。真っ暗な中で何日も過ごし、音に対しての感覚が研ぎ澄まされた中の人には、コン、は音として刺激が強い。だから中の人は「ドン、」と返している。「コン、」より、「ドン、」のほうが優しい。さっき日傘の柄でノックした人が注意されるのも当然だ、日傘の柄の「コンッ」は、とてもキツイんだ。たぶん。
今度は僕もそっと「ドン、」とノックをしてみる。肩たたきをするようにこぶしのサイド部分を使って、「ドン、ドン。」すると「ドン、ドン。」だんだん面白くなってきた。「ドン、ドン。」「ドン、ドン。」「ドン、ドン。」「ドン、ドン。」「ドン。」「ドン。」
その次に「ドン。」とすると、次に返ってきた音は

カリカリッ。」

だった。思わず笑った。だって、「ドン。」でいままでずっと来たのに、「カリカリッ。」

「ドン。」「カリカリッ。」

これは明らかに笑いだ。笑いのための「カリカリッ。」だ。
この「カリカリッ。」は、明らかに中の人が爪で箱の壁面をくすぐるようにひっかいている。そのおそらくこの「カリカリッ。」をやろうとした中の人の脳内を想像したら、一気に緊張が解けた。中の人は大丈夫だ。何日間も真っ暗な中で、コミュニケーションの手段も限られているけれども、中の人はすごい。ちゃんと生きてるし、何より笑いを考えている。考えられる。そしてぼくはそれに笑った。だから大丈夫だ。

なんだか妙な満足感があった。自分がここに入ったときの緊張感も、天気図を見たときの大きな違和感も、その妙な満足感に薄らいでいた。本当はここに来る前、いろいろ考えていた。中の人は大変なんじゃないか。キツくて嫌になったりおかしくなったりするんじゃないか。だからこちらから話しかけることが可能であるなら、何かを朗読したりすることが助けになるのではということまで考えていた。でも、少なくともあの流れでやる「カリカリッ。」はおかしくなった人ができることじゃない。陳腐な考えを実行に移さなくて本当によかった。ぼくはただ行って、与えられた条件に従いノックするだけでよかった。それが僕にこの妙な満足感を与えた。清清しくは無い。僕はこの中の人のことをまだあと4日間、ひょっとしたらもっと長い間考えるのだろうし、すでに僕の心には「ジワ〜」と広がる何かがある。でも嫌な、不安な感じはあまりしない。あの「カリカリッ。」が、不安を打ち消している。
「ドン。」「カリカリッ。」

この「カリカリッ。」なんだと思った。
もちろん時には「コンッ」や「コン。」も必要だし、いつもはたぶん「ドン。」を使う。でもその中で「カリカリッ。」を忘れては、いずれは「ドン。」も「コン。」も何もかもできなくなってしまうかもしれない。大切なのは「カリカリッ。」だ。

あとは僕の中で考えよう。そう思って最後に箱をそっと「ドン。」と叩き、「ドン。」と返ってくるのを聴いて、スタッフの人に一礼して会場を後にした。工事現場の間をすりぬけ、バイクにまたがり、帰路につく。テロ対策なのか警察がやたらといる麻布の道を走りながら、テロ対策やってる人はあんたらだけじゃないんだよ、と頭の中でつぶやいた。